【前編】吉原のソープランド街を歩く|昔から続く遊郭・遊女の町

日本三大ソープ街の頂点とも言える吉原ってどんな街?吉原遊郭・遊女の歴史って?女性ライターが街歩きツアーに参加して現在の吉原エリアの様子を実際に見てきました。日中の歓楽街の様子と、吉原ソープランドの高収入求人も合わせてご紹介いたします。

吉原街歩き前編→【前編】コツ通り、泪橋、商店街
吉原街歩き中編→【中編】衣紋坂、吉原大門、風俗街
吉原街歩き後編→【後編】吉原神社、弁財天本宮、樋口一葉、浄閑寺

吉原の今昔街歩きツアーに参加してきました

吉原街歩き

吉原といえばソープランド街!日本三大ソープ街に不動のランクインをしている一大風俗街です。(※「東京吉原・札幌すすきの・博多中洲・岐阜金津園・滋賀雄琴」の5大ソープ街の中から諸説あるも、吉原は常に含まれます)
歴史も深く、映画や漫画などで吉原遊郭や遊女のことを見聞きした人は多いはず!「はじ風」でも吉原のソープ求人を取り扱っていますが、筆者は実際にどんな町並みなのか見たことがなかったので、この機会に街歩きツアーに参加して足を運んでみました。

前編では南千住駅から山谷のドヤ街を抜けて吉原の入り口「見返り柳」へ行くまで、中・後半はいよいよ吉原の中へと入ります!

※吉原ソープ街だけを歩く風俗街体験ツアーではなかったので、遊女や町の歴史がメインとなります。吉原ソープランドの高収入求人情報を探してこの記事に来た方は、最後に求人へのリンクを貼っておくのでそちらからぜひご覧ください。

吉原ソープ街の最寄り駅

風俗好きの人はもちろん、そうでない人にも大変有名な吉原ですが、実は「吉原」という住所はありません。ソープ街となっているのは「千束4丁目」(せんぞく)というエリアです。電車の駅もないので、吉原へ電車で行こうとするなら南千住駅・三ノ輪駅・入谷駅・浅草駅などが最寄り駅になります。吉原の風俗求人を見て、最寄り駅がいっぱいあるのはこういう理由からですね。

旧日光街道(コツ通り)

この日は南千住駅から街歩きスタート!南千住駅を出てすぐの大通りは「旧日光街道」といい、「コツ通り」というのぼりも立てられていました。この「コツ」はこのあたりの地名である「小塚原」(こつかはら)から取られたという説と、昔このあたりに小塚原刑場という処刑場があったことから「骨=コツ」説があるとか💀。現在JRの線路が通っているあたりに埋葬場所があったため、工事の際には人骨がたくさん出てきたそうです…。

道を挟んだ向こう側にあるのは小塚原回向院(えこういん)です。処刑場で処刑された人々の供養のために建立されたお寺で、入り口付近には3mほどある大きなお地蔵様もあります。普通、お地蔵様は一つの岩(石)から作られるそうですが、ここのお地蔵様は何個かの石でできています。そのため2011年の東日本大震災の際にダルマ落としのようにパーツがずれてしまい、少し破損してしまったそうですが、翌年修復されたとのこと。

泪橋(なみだばし)/山谷のドヤ街

泪橋

泪橋(なみだばし)という交差点の看板。昔はこのあたりは水路がたくさんあったので、橋がかかっていました。小塚原刑場で処刑される人と、その家族や知人が涙を流して今生の別れをする場所だったんですね。

ちなみにこのあたりは水運の発展と共に宿場町としても栄えていて、「大きな宿場町と処刑場はセット」だったとか(;´・ω・)。これから遠くへ旅に出る人や、商売をする人などに「悪いことするをこうなる💀」という見せしめの意味もあったそうです。

そして山谷のドヤ街へ近づいていくわけですが…ここで衝撃の出来事が!「ドヤ街」の由来は「宿場町(宿街)→ヤド街→ドヤ街」だったと教えてもらいました!業界用語か(;´Д`)!ガヤガヤ(どやどや)してる街という意味だと思い込んでました。ギロッポンと同じノリだったとは…。

※↑商店街に入ってから見えた宿通り。スカイツリーも見えます。
このあたりは日雇い労働者が多く集まっていたり、水路で吉原に遊びに来る人や商人がいたりで昔から木賃宿(安く泊まれる宿)が林立していたそうです。現在も安宿が多く、外国人観光客やバックパッカーの利用が多いとのこと。通りがけにチラッと見たら一泊3,000円台のホテルもありました。歌舞伎町のホテルのご休憩料金より安い…。

ちなみにこのあたりにマンモス交番と呼ばれる、大きな交番があります。交番というよりちょっとした警察署並の大きな建物でした。昔はこのあたりで生活向上を訴えるデモが多かったらしく、小さな交番では対応しきれないため、機動隊が待機できるような大きな建物が必要だったそうです。

商店街に「あしたのジョー」

商店街にたどり着きました。実は先ほどの泪橋から山谷のドヤ街にかけては、昭和の人気漫画「あしたのジョー」の舞台になったエリアです。泪橋の下に、丹下段平という登場人物がボクシングジムを構えていたという設定があります。そのためか商店街も全力でジョーを推してきます!
※さりげなく右側に見える「日雇い労働者の街・再開発反対」という垂れ幕…。再開発の計画が出て、それに住民が反対しているようです。東京の下町と呼ばれていたエリアは、再開発でかなり変わりつつありますからね。

あしたのジョーのふるさと。いろは会商店街。
土曜の午前中だかったせいか、かなりのお店でシャッターが閉まっていました。開いていたパン屋さんではここでしか買えない、あしたのジョーの「グローブパン」があったのですが…🍞。このパン屋さんも6月に閉店されるとの貼り紙が…。せつない。

商店街を抜けるとジョーが待っていてくれます。横にあるのは「土手通り」の看板。

老舗飲食店

商店街を抜けて大通りに出ると、道の向こう側に老舗っぽい飲食店が並んでいました。牛鍋の店や、ランチタイムの行列ができている天ぷら屋さん(土手の伊勢屋)など。昔も、水路で吉原へ遊びに来た人々がここでご飯を食べたそうです。

ちなみに土手という名称は、昔このあたりに水路があったことが由来です。場所によってはよーくみると地形がなだらかな凸凹になっています。池波正太郎のエッセイで「昔の江戸の水路が今も残っていたら、東京の下町はヴェネツィアのようになっていただろう」というニュアンスの文章があったことを思い出しました。ゴンドラで移動する水の都…。もしそうだったら、それはそれで素敵ですね( ˘ω˘ )

交差点に吉原大門の文字が!近付いてきましたよー!

見返り柳」という柳が立っていました。

看板に説明文がありました。吉原に遊びに来て、帰っていく人が、名残惜しくて振り返るから「見返り」柳なんですね。さすがに何百年ももたなかったらしく、現在植えられている柳で3~4代目だそうです。

きぬぎぬの うしろ髪ひく 柳かな
見返れば 意見か柳 頬をうち

名残惜しくて振り返ったら、柳の枝が頬っぺたをはたいた感じ…(;´・ω・)?
遊んでないで帰れ、と✋。つれない。吉原遊びはスマートに帰るのが紳士のマナーだったのでしょうか。パーッと遊んでスッと帰る!紳士。

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記事は中・後編へ続きます!いよいよ吉原大門の中に突入!お楽しみに~♪

吉原街歩き中編→【中編】衣紋坂、吉原大門、風俗街
吉原街歩き後編→【後編】吉原神社、弁財天本宮、樋口一葉、浄閑寺

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水蜜

水蜜

東京在住のライター。趣味でカメラもやっています(初心者)。旅が好きで時々地方の風俗インタビューにも同行します。好物:そらまめ、梨、白桃